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六本木で時の上を歩こ

臼井ちか  六本木アートナイト2018 プログラム企画 (有限会社チカソシキ代表取締役  アートプランナー)

 

はじまり

六本木アートナイトは東京の六本木の街を舞台に繰り広げられるアートプロジェクトです。

東京都、港区、実行委員会(文化施設と商店街から構成される)が主催となり、毎年1回開催され、今年で9回目を迎えました。開催場所は森美術館がある六本木ヒルズ、サントリー美術館と21-21DESIGN SIGHTがある東京ミッドタウン、国立新美術館、六本木商店街、その他地区内の協力施設や公共スペースです。計測値ではありませんが1㎞四方ぐらいの地面とそこに立っている建物の中のあちらこちらで約80プログラムの作品が展開されます。アートナイトの名前の通り、メインは夜間、しかも一夜だけ、前後の日中を加えても、昼+夜+昼、最長のプログラムでも32時間だけのアートのお祭りです。元々不夜城のような六本木の街に、この時はアートを見よう、体験しようという人たちがたくさんお越しになり、全域で80万人ぐらいの来場者数となるそうです。その方たちが街の中の作品設置場所を、ガイドブックを手に渡り歩いてくれるのですから、街には浮き立つような雰囲気があります。

六本木の交差点から虎ノ門の方角に徒歩1分下ったビルの合間にぽっかりと空いた地面が柴川さんにご登場いただいた港区の三河台公園です。三河台公園を航空写真で見てみると近くの中学の校庭の横幅を狭めたぐらいの広さで、坂道の途中にある公園は防災倉庫がある上段と、広場や遊具、東屋がある下の段がスロープと階段でつながっています。公園の奥は坂の上からの傾斜による崖となっていて、一面に植物が生い茂っています。港区に坂道が多いのは古代に海と陸が入り組んでいたためという説があり、この傾斜地もその地形の名残の一つでしょうか? 江戸時代には松平三河守の下屋敷があったエリアだそうで、今は町内会と公園にその名が残っています。その三河台公園は今では町内の方々がお花見の会をしたり、ワーカーがお弁当を使ったりと親しまれています。

 

 

プランニング

六本木アートナイトの会場の中でも公園はアーティストと出会える、作品を体験できる、いつでも参加できる作品があるという、誰でもがいつでも来ることが出来、思い思いに時間を過ごすことが出来る公園らしい役割があります。

実施した4つの作品はその役を担いつつ、公園の地形を活かして決まっていきました。

たくさんの方にいつでも作品を体験してもらえるように「2000年後をローラーで発掘しよう!」のための帆布を広場に長々と設えました。

砂場では砂の中に化石を隠して、参加者が掘り起こす「2000年後を砂場で発掘しよう!」を、砂遊びを楽しみに来る近所のちびっこたちと共存できるように時間を限定して行うことに決めました。

そして、帆布を広げた発掘場所は多くの人が発掘を着々と進めているイメージから「賢者の道」と名付け、砂場は公園の中ではちょっとした丘のような場所で、化石を出土できるかどうかわからないけれど挑戦することから「勇者の砂丘」としました。

駐輪場などの機能がある上の段から遊具やベンチのある下の段に降りてくるスロープの両側の樹木には柴川作品を設置し、それを目で探す=目で発掘する「2000年後を目で発掘しよう!」を行うことにしました。これら3つの発掘が揃ったところで公園全体を2000年後の六本木に出現した発掘場と見たてる展開となりました。

その上に、夜は夜の公園の空想的な光や音に合った演出にしようと、おみくじをつくることで現在から未来を考える「2000年後を占おう!」を加え、後者の2つの作品には、柴川さんが「識者の木」「勝者の館」と命名し、4作品がそれぞれ際立ちつつ、4作品のつながりが見え、また昼と夜、それぞれに、アートナイト全体のテーマ「街はアートの夢を見る」、三河台公園の「Time Traveler 時の上を歩こう!」を体現するプランが出来上がりました。

 

 

本番

プロデューサーの実行委員が街全体、アートナイト全体から見てより多くの人に伝わりやすいように内容を整えてくれ、港区が安全性や公共性を認め使用許可を出してくれると、いよいよ本番です。

技術的なスキルが必要な施工部分を除き、設営も運営も私たち企画者と自主的に参加してくれる人たち=メンバーとで行います。

当日の様子はどんなだったか。

スロープでは若葉が生い茂る樹木の下で麦わら帽子をかぶった人たちが双眼鏡を使いながらじっくりと柴川作品を探し、広場の帆布の発掘場では六本木らしさを演出する港区のヘルメットをかぶった参加者が熱心に拓本をし、時折、砂場に別な発掘隊が現われるという光景が広がり、インディジョーンズのようないで立ちをした柴川さんは3つの発掘場を駆け巡り、まさに探検隊の隊長でした。日が暮れると「勝者の館」に明りがともり、柴川さんは易者風の衣装になり、おみくじを作った来場者にお話しをしたのでした。

 

記録映像が捉えた参加者のコメント、メンバーのアンケートへの回答です。

・発掘されるものが、おもちゃなど現代の日常のものでおもしろいと思いました。

・独特な発想に触れ、芸術=絵画、彫刻などの技術的なものという偏見を払拭できた。

・こどもも大人もみんなが楽しめる。

・作家が楽しそうににこやかにされていたのが印象的です。

・公園に遊びに来ていた子供たちが参加してくれたことが嬉しかったです。

・三河台公園という空間の中で大人が子供に、子供が大人になる感じが面白かったです。

・事前に作家とプログラムを学ぶ、メンバーの勉強会があって良かった。

・その場その場で作品を仕上げていったり決めて行ったりするのを見て、このような作り方をできる作家はアートナイトのようなプロジェクトにぴったりだなと思った。

・柴川さんが隠す化石の配置が抜群。翌日には化石が木々に馴染んでいたのも驚き。

・なんといって化石も拓本も、作品がどきっとするほど美しい。

・「つかみ」の細やかな配慮と準備、「達成感」の演出が大事だとよくわかった。

・まずはアートに触れてみようという部分で大変好感が持て、アート人口を増やすことに貢献していると感じる。

・作家やスタッフの衣装を作品の一部として考える衣装係ができて嬉しかった。

・柴川さんの、「受け入れる」姿勢、「否定しない」態度に感動しました。

・柴川さんの作品・参加している方を見る目がとてもやさしく愛にあふれていたなぁと。

・(他2組の作家の制作にも関わり)長時間共に時間を過ごしたことで恋に落ちていく感覚を味わうことが出来ました。

・いろいろな人と知り合えた。いろんな考え方を知った。ボランティアいいなと再認識。

・普段仕事で接している「ビジネスマン」と違う発想で動くので刺激になりました。ついつい効率優先で動いてしまう自分を痛感しました。

・おざなりになっていた日記をつけるようにした。1日にあったことを覚えておかないとな、と思った。

・木を見るとバルタン星人を探すようになりました。

・『明日もし自分の身になにか起きたら』と、柴川さんが作品で表現していたことを考えて、今の景色や自分の行いを大事にするようになった気がします。

・おみくじの結果、確率的に同じくらいになるはずなのに、圧倒的に大吉が多かったことが、不思議ではありますが、自分たちの小さなアクション1つでも未来が変わっていくような気がして、現世どのように生きていくのか考えさせられました。

・事務局スタッフの中に、化石探しに参加したあと、我々作品運営スタッフの一員のように動いてくれた人がいて嬉しかったです。

・1人の強力なリーダーがひっぱるという形ではなく、各箇所各でメンバーが有機的に動き、手が足りないところには自然とメンバーが集まり、余裕があるときは談笑する。結果として全体の運営がスムーズに成り立っていたのが驚きでした。「アートを作る、伝える、楽しむ」といった目的が共有されていたからではないかと思います。

・作家、作品を知ろうとすることから始まり、伝えるために自分の中で噛みくだき、自分の言葉に変換する。通常、作品を観るだけでは見えない視点が、設営を行うこと、作家と触れ合うこと、参加者の多様な意見に触れることにより得られる感じは、メンバーになろう!というワークショップに参加しているのと同様である。

・昨年にも増して、三河台公園とアートのつながり、親和性が深くなったような気がしています。

・未知の世界はまだまだ作り出すことが出来る様な、無限の可能性を感じている。

・・・

柴川さんの作品がもたらした公園の高揚感を感じていただけますでしょうか?

 

おわりに

今、事務所の玄関には帆布の残りを飾ってあります。それを見ながら、柴川さんとの往復書簡のようなやりとりを振り返っています。柴川さんはこちらの状況を十分に把握してくれ、提案を面白がってくれる。柴川さんからこちらへも、必ずどう思いますか? と問う形で返ってくる。私たちは柴川さんのウエブを一生懸命発掘し、宝物を発見してお返事をする。

そして現場で直接触れた作品の確かさ。熟達した方法と独自に編みだした美しさに私たちは魅き込まれて、夢中になり、時間を超えていたのでしょう。

 

事務所の帆布を見ながら、なんでこんなに素敵なんだろうね? ガラクタを刷っただけなのに。と話していたら、あるメンバーが「地図のように見える。」別なメンバーが「なんでも身の回りにある物を模様にしてしまうアフリカの生地の柄に似ている。」「人間が作り出す形はどうやら似るらしい。」「それが現われるの?」

 

様々な発掘の体験をするプロジェクト中で、私たちそれぞれの中に柴川さんの作品に関わりたい動機が生まれ、関わることで興味や学びが深まり、プロジェクト後にまた考えるという発掘を続け、柴川さんの作品に潜んでいるものにだんだんと近づいているのではないかとそんなふうに思えてきました。柴川さんの参加型の作品は、遠回りしながら実は作品の本質に近づく確かな道の一つなのかもしれません。

 

 

きびだんご

撤収が終わって搬出のクルマを待っている時のこと。柴川さんが「お土産に持ってきた ”きびだんご”を渡し忘れていました~。どうぞみなさん食べてください。」と。

メンバーの誰かが言いました。「柴川さん、桃太郎だったんですね!」

別な誰かが言いました。「ずっと付いて行く。きっとまた付いて行く。」

岡山の桃太郎 柴川さん、きびだんごをいただいた恩義もありますし、またの鬼退治にお供をする日をお待ちしております。

私たちは「賢者の道」を「愚者の道」にしないよう、知恵と技をそれぞれ磨きましょう。

 

この度の出会い、稀なことと思います。心から感謝いたします。

2018/5/26ー27

六本木アートナイト 2018|柴川敏之|2000年後の六本木プロジェクト|三河台公園 (東京

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